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消費者向けコンピュータや通信機器で名声を確立したホーキンスだが、じつはここ20年間、神経科学やAIに関する研究の発展をつぶさに観察してきたという。ホーキンスは、神経科学が思うように発展しないのは脳の働きを巡る概念フレームワークが欠落しているせいだと主張する。この欠落は、AI開発が頓挫する原因にもなった。AIの研究学界は、「知能」とは何か、「理解する」とはどんなプロセスかについてすら意見の一致をみていないとホーキンスは指摘する。その結果、エキスパート・システム、並行処理アーキテクチャ、ニューラル・ネットワークといったさまざまな概念が乱立。しかしどれも知能に表現される脳の働きをごく一部しか再現あるいは模倣できていないため、大きな成功を収めるにはいたっていない。総合的なフレームワークがあれば、これらの断片的な解決を統合し、既存のAI技術をより効果的に実行できるはずだとホーキンスは主張する。そのホーキンスが提唱するフレームワークが、知能の記憶・予測モデル（memory-prediction
model）だ。
ホーキンスは、人間の知能を記憶と予測のフレームワークで捉えるならば、現在のAIをはるかに超える−ひょっとすると人間の能力すら上回る−マシン・インテリジェンスを今後10年以内に構築できると期待する。脳の働きを見直そうとするホーキンスはなかなか野心的だ。だが彼の提案は、神経科学者、心理学者、AI研究者の間で幅広い議論を巻き起こしている。記憶・予測フレームワークがマシン・インテリジェンスのターニング・ポイントとなるかどうかは未だ疑問だが、神経科学、心理学、AIの三分野いずれにも、論争の的となる独創的な発想をもたらしたことだけは間違いない。こうした論議のなかから革新的なアプローチが生まれ、知能を使うごく基本的なプロセスに対する社会や企業の見方をすっかり変えてしまう可能性は大いにある。
ホーキンスの記憶・予測フレームワークが人間の知能の特徴を捉え理解する転換点あるいは突破口になるとしたら、今後の影響力は多大なものとなるだろう。事実、このフレームワークはいくつかの点で非常に魅力的である。第一に、人間の能力と機械の能力との間に大きな格差があるのはなぜかを説明できる。従来のAI研究がこのところ遅々として進まない状況はたしかに歯痒く、現在のマシン・インテリジェンスへの取り組みに重大な欠陥があるとも考えられる。第二に、ホーキンスのフレームワークは、これまで科学的証拠では「異常」あるいは「理解不能」と片づけられてきた現象−たとえば大脳新皮質から視床の感覚中枢へ送り返す情報の伝達に携わる経路が10：1の比率で偏っていることなど−も説明できる。第三に、動物の知能レベルが変化する理由を説明できる明快でエレガントなフレームワークである。第四に、知能を単純かつ有効に定義でき、さらに、マシンのなかで知能を実現する方法と明快に関連づけることができる。
「知能について」と記憶・予測フレームワークが神経科学、心理学、マシン・インテリジェンスの各分野で新たな研究プロジェクトを誘発し、新しい方向性を切り拓くことはまちがいない。ホーキンスは「知能について」の巻末に、フレームワークの有効性をテストするために検証可能な予測を11例掲載している。彼のフレームワークはもしかしたら的外れかも知れないが、重要な研究分野で議論を巻き起こすことには既に成功した。そうした議論のなかから、人間が楽々とこなす自動連想型パターン・マッチング能力に挑む新しいアイデアや革新的な研究の方向性が生まれ、新たな知識が積み上がるのではないか。
（9ページ）（著者： Kermit M. Patton) |
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